わしろぐ

ちな鷲じいさんのプロ野球観戦ログと身辺雑記

吉井イーグルス爆誕w

吉井さんもたしかヤクルトにいたから野村監督の教え子じゃなかったか...、と思いつき野村監督との関係について調べてみました。監督をコロコロ変える楽天球団ですが、できれば「野村イズムを知る人がいいなあ」というのがわたしの楽天監督に求めるたった1つの条件でしたからw。で、教え子でしたね。吉井さんの投手としての、そして指導者としての原点に、あの野村克也監督の教えがありました。

野村監督と吉井さんとの間のいくつかのエピソードから楽天と吉井さんの縁みたいなものについて思ったことを書いておきます。

「面倒くさいおっさん」から始まった出会い

吉井さんが近鉄からヤクルトに移籍したのが1995年。そこで待っていたのが、当時「ID野球」で一世を風靡していた野村監督でした。近鉄時代の吉井さんといえば、勢いと気持ちでグイグイ押す熱いピッチングが持ち味。そんな吉井投手にとって、データや配球の根拠を細かく求めるノムさんは、最初「面倒くさいおっさんやな……」という印象だったようです。

しかし、ミーティングやマウンドでの実践を通じて、ノムさんから「なぜその球をそこに投げたのか、理由と根拠を持ちなさい」としつこく説かれるうちに、吉井さんの意識が変わります。「考える野球」に目覚めた吉井さんは、ヤクルトでの3年間でいずれも2ケタ勝利を挙げ、チームの日本一にも大きく貢献しました。シュートを武器に、大人のピッチングができる一流投手へと変貌したわけです。

メジャー挑戦を後押ししたノムさんの一言

1997年のオフ、吉井さんがFA権を行使してメジャーに挑戦するかどうか悩んでいたとき、野村監督に引き留められるかと思いきや、野村監督がかけた言葉は「ヤクルトを出なさい。請われるうちが華だから、外の世界を見てステップアップしてこい。」というものだったようです。

野村監督といえば選手に対する「ボヤき」で有名ですが、教え子の人生を思いやる深い情もありました。この一言に背中を押され、吉井さんは海を渡る決意を固めたといいます。

イーグルスにも息づく「野村イズム」

こうしてノムさんのもとで「考える野球」を叩き込まれた吉井さんは、引退後、日本ハムやソフトバンク、ロッテで多くの名投手*1を育て上げました。選手の自主性を重んじながら、根拠を持たせる指導スタイルは、まさに野村イズムと言えます。

出身チームが近鉄であること、野村イズムを継承する指導者の一人であること、楽天と吉井さんには共通点が2つもありましたw。どちらも楽天ファンにとってはツボになる共通点です。とかいいながら、楽天の新監督に吉井さんの名前は正直思い浮かびませんでしたねw。結果オーライです。何より吉井さんが快諾したらしい、そこがうれしいかな。

昨日のブログにも書きましたが、楽天の球団運営方針と吉井さんが「監督をやってもいいと思う球団」が意外とマッチしていたのではないか、そんな気がしないでもないですw。シーズン途中での監督交代という荒治療ではありましたが、正直、開幕に戻ったようなわくわくした気持ちになっているのはわたしだけでしょうか。

*1:ダルビッシュ、大谷翔平、武田翔太、佐々木朗希など