母の要介護(介助)認定を申請したことは前のブログに書きました。申請してから約2週間後、担当の方から電話があり、4月の1週目の某日に調査員の方が自宅に来て聞き取り調査をすることが決まり、それが先日ありました。当初、電話をくれた人が1人でくるということでしたが、当日は新人さんらしき人を連れて2人でやってきました。こっちは母とわたしの2人。わたしは「立会人」という立場です。
首から下げたペラペラの名札を提示され名前を名乗ったので、「名刺はありませんか?」と聞きましたが、「これだけです」と。本来なら、どこの誰か、連絡先はどこかを確認しておくべきでしたが、結局は聞かずじまい。このあたりは、慣れない立ち会いゆえの反省点ですw。
調査というか、いわゆる面談ですね。そのときの様子をざっくり書いておきます。
最初に母へ次のような質問がありました。
- 生年月日
- 年齢は
- 住所は
- 今日は何月何日?
おそらく認知機能をチェックしていたのだと思います。最初、その意図がわからず、わたしが答えてしまいそうになったのですが、母がその前に答えていたのでとりあえずよかったw。途中で「あ、これも調査の一環なのだな」と気づいて、そこからは黙っていました。母は確認を求めるようにわたしの方を見るのですが、わたしはうなずくだけにしていましたw。
質問の途中で調査員の方がカバンから「手の指の書かれた紙」と「ペン」と「腕時計」を取り出し、「この3つを覚えておいてください」と言うと「ゆび」「ぺん」「とけい」とゆっくり声に出して確認し、「この3つをあとで聞きますから忘れないでいてください。」というとカバンにしまってしまいました。そこからまた質問が続きました。
- 夜は何時ころ寝ますか?
- 朝は何時ころに起きますか?
- 朝ごはんは何時ころですか?
- 食事はだれが作りますか?
などなど。
いくつかの質問があったあとで「はい、それではさっきカバンから出した3つを思い出してください。覚えていますか?」と先程カバンから取り出した3つの物を覚えているかのテストがありました。母は「アッ、えーと、ペン...」と答えました。調査員の方は「オッ、いいですね、あと2つ...」と続けます。しかし母は残り2つを思い出せませでした。なぜペンだけは覚えていたのか。腕時計はしていません。そもそも時間を気にして生活していないw。紙に書かれた指も、母にとっては脈絡がない。忘れて当然です。けれど、たまに手に取る「ペン」だけは記憶に残っていたようです。日常の動作がいかに記憶に直結しているかということかもしれません。記憶力のテストのようでしたが、調査員の方は「ペンを言えのたのはすごいですよ。」と言っていました。何がどうすごいのかは不明w。
母とのやりとりはこれでおわり。次は立会人であるわたしの番です。母はテレビのある部屋へ移動し、その場から席をはずしました。
母の日常の様子(毎日どれくらい歩くか、外出は?、お風呂は一人で入れるか、お金の管理は?など)、わたしの介護(介助)の程度(食事の支度、買い物、洗濯、家事全般など)について説明を求められたのでざっくり説明しました。「大変なこと、心配なことはありますか?」と聞かれたので、
- 転ぶと起き上がれないので、一人にするとき不安
- ときどきフッと力が抜けて座り込んでしまったり、お風呂のとき浴槽から一人で立ち上がれなくなることがある。
- 尿もれなど排泄の失敗、規模がひどくなってきた。
- もの忘れが増えてきた。
などを伝えました。
一通り説明し終わったところで「突然怒り出すことはありませんか?」、「人の悪口を言うことが増えていませんか?」と聞かれましたが、それらはまだないのでそう答えました。たしか認知症が進んで質問のような状況が出ているお年寄りをドラマなどで見ることがあるなぁ...そんなことを思い出していましたw。
結果については追って通知されるようです。評価はけっこう辛めだと聞いたことがあります。つまり最初から「重め」の認定はしてもらえないということです。評価が辛い(認定が軽い)ということは、それだけ自立できていると認められたということ。介護サービスという面では物足りなくても、母がまだ「自分の力」で生きている証だと思えば、それは喜ばしいことです。保険の考え方に似ています。うまくできていますw。