わしろぐ

ちな鷲じいさんのプロ野球観戦ログと身辺雑記

15年前の震災の記憶

東日本大震災から15年かあ。早いような、まだそんなもんかというゆっくりなような、どっちの感覚もあるような気がします。

震災があったときはオフィスビルの4階のフロアでデスクワークしていました。立っていられないくらいの揺れはあのときが生まれて初めての体験だったと思います。

避難訓練ではやったことがありましたが、いざ机の下に潜ろうとすると身体が固くてけっこう苦労したのを覚えています。机の下に頭を隠しながら壁面書庫が倒れてこないかとびくびくしていました。

揺れがおさまってからオフィスにいた全員が階段を降り、近くの公園へ避難しました。そのあとは崩壊のおそれがあるというので、ビルは閉鎖されたため、その場で解散となりました。

自宅マンションに着いたとき、受験浪人中で家にいた息子は愛犬と一緒に外へ逃げ、敷地内にある駐車場のわたしの車のそばに座っていました。

マンション自体は無事でしたが、余震もまだ続いていたため近くの小学校の体育館へ避難した家族が何組かいましたね。わたしと息子は部屋に戻り、カミさんの帰りを待っていました。

あのとき体育館へ避難するという発想がまったくなかったのは、今思うと犬がいたからだったように思います。

息子はこのあと東京の大学へ進学しました。入学は4月だったかな、もう少し遅れたかな。新幹線は止まっていたので、新生活の準備のための移動もすべて高速バスだった。さすがに入学式はありませんでしたね(その代わり、卒業式のときはカミさんと2人で駆けつけましたw)。

仕事はしばらくは休業状態でした。勤務先はもちろん、仕事の関係先も含めて世の中がほぼ止まっていたから。仕事よりもまずは自分の生活を復旧させなさい、そういう空気というか雰囲気の中で生活していたのを覚えています。スーパーやコンビニに商品がなかなか並ばないのには参りました。同僚たちと「◯◯のスーパーに◯◯あったよ...」とメールで情報交換していた記憶があります。

インフラの復旧はエリアによってもだいぶ違っていたと思いますが、わたしのエリアの電気と水道は意外と早く復旧しました。ただ、ガスの復旧がかなり遅れてしまった。長い期間、自宅の風呂に入れませんでした。夏でなくて良かったと思った点ですね。カミさんの行きつけの美容室でシャワーを借りたのを覚えていますw。

なんかずっと遠い昔のようでもあり、まるで昨年のことのようにも思える。でも、15年たったのですね。

毎年、震災のあった日が近づくとテレビで特集番組が放映されますが、ほとんど見ることはありません。東日本大震災と1つの災害としてくくられますが、津波被害のあったエリアとそうでないエリアではまったく別の震災だったと感じています。