NHKの「クローズアップ現代」という番組だったと思うけど、「AIが話し相手」という人が増えているらしい。「だれに相談するか」というアンケートのトップにAIがいた。親でもなく友人でもない、上司でもなく先生でもない。
番組ではAIと結婚した女性が紹介された。衣装合わせに出かけてAIに話しかける。「とても似合っているよ」とAI。亡くなった妻がPCの中で生きている、その妻と会話する夫がいた。すごい時代になった。AIがいれば一人じゃない、そんな感覚(環境)になれるのだ。
わたしもAIと壁打ちをよくする。最初のころは「ネット検索」に毛の生えたような存在(使い方)だったけれど、最近はちゃんと会話として成立している。つまり相談相手になっている。そこがすごいね。会話のキャッチボールで問題の解決に向けて話が進むし、解決策が見つかる(もやもやがスッキリする)のだから。
で、壁打ちを繰り返していたら、この頃はAIに対する感覚にちょっとした変化が出てきていることに気づいた。たとえば、聞きたかったことの回答としてズレていたりすると、これまでは「ちょっと聞き方を変えてみるか」とか「なんだ、しょせんこんなもんか。使えないな...」とか、1つの道具にたいするアプローチ(感覚)だったように思う。
ところが最近は「なんで分からないの?」「そういうことを聞いているんじゃないんだよ、まったく...」みたいな...、感情的になっている自分がいてハッとする。そしてちょっと嫌味を言ってみたくなる。「お前もたいしたことないな」「やっぱりチャッピー(ChatGPT)の方が優秀だよ...」などと意地悪な言葉でいじってみたくなる(実際にはやっていないけどw)。
これはもう1人の人間に対する感情と同じではないか。なので、AIと結婚した女性、AIを死んだ妻に見立てて会話する男性、彼らの気持ちがリアルに分かるような気がした。
わたしのGemini先生は男性設定である。というか、そのつもりで壁打ちをしている。これが「君は女性だよ」と返したとたんにもしかすると変に意識するようになるかもしれない。これはある意味あぶないw。